婚約しました! (2018.1)

ペルーへやってきたベネズエラ人たち。私たちにできること

オラ!ペルー在住japotina(@UnaJapotina)です。

今回はまじめなお話です。

日本から地球の反対側で起きていることについて。

ベネズエラとjapotina

以前もベネズエラについては、記事を書いていました。

 

しかし、最近はこの話題には触れていませんでした。

別に状況が改善されたわけではありません。

 

むしろますます悪化しています。

 

前の記事で書いたように、ペルーにきた当初、japotinaはペルー在住のベネズエラ人のプログラマー(ご主人がペルー人)とあるプロダクトを開発していて、起業する予定でした。ずいぶんとプロトコール(試作品)をつくったりと、進んではいたのですが・・

 

ベネズエラの状況の悪化に、ペルーで暮らす彼女の元に、家族・親戚はもちろん、友人、はたまた会ったことのない友人の友人までが、代わる代わる居候していきます。彼女はそのお世話や対応で忙しくなってしまい(いつも突然連絡がくる)、japotinaとのプロジェクトは一旦中止しています。

 

みんな彼女を頼りに、全財産をつかって祖国から逃げてきます。

とある方は、子ども3人を抱えたシングルマザー。チリへ行くつもりで、チリへの長距離バスチケットを、ほぼ全財産を使ってコロンビアで購入したのに・・!いざチリに到着したら、チリで入国拒否されてしまい、とりあえず残りのお金で『知人の知人』というjapotinaの友人を頼りにペルーの首都リマまでやってきました。会ったことのない一家からの突然の連絡でも、笑顔で受けいれるjapotinaの友人。

こんなことがしょっちゅう彼女の周りでは起きています。

 

それもペルーは、ベネズエラの避難民を移民として受けれており、身分証明書を持っていれば無条件で移民権を与えていました。

 

 

あまりにもベネズエラ人が増えた(40万人)ため、ペルーも他国同様に、『パスポートを持っているベネズエラ人』という条件を加えることにしました(2018年8月25日施行)

国として機能していないわけなのだから、ベネズエラ人が自国のパスポートを入手するのは、そうとう難しい。ましてやハイパーインフレで、みんなお金がない。

つまり、ベネズエラ人にとってパスポートを発行するのは、大変なことなんです。

 

そのため、パスポート必須化する前にと、ますますベネズエラ人がペルーに流入しています。先日は最高記録で、たった一日のうちに5千人ものベネズエラ人がペルーへ入国したとのニュースがありました。

 

そのため、ペルーでも街中でよくベネズエラ人を見かけます。

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ペルーにいるベネズエラ人

かといって、ペルーに着いて移民申請をし、市民権を得たところで、ベネズエラ人の苦労は終わりません。

 

というのも、お金がまったくない。

 

ほとんどの人は自分たちの全財産をなげうって(ハイパーインフレで紙幣の価値が暴落している)長距離バスのチケットを買い、4〜5日間かけて徒歩とバスで、コロンビアやエクアドルを経由しペルーへやってきます。

ペルーに着いてからは、ほぼ無一文です。

だからこそ、ペルーでもともと暮らしていたjapotinaの友人を頼りに、みんなしばらくの間、居候するのです。

 

ペルーへやってきたベネズエラ人たちは、移民申請後は市民権は持っているので、もちろんペルーで仕事をしてもいいのですが、こんな状況が続いているため、多くの企業はベネズエラ人と聞くと嫌煙してしまい、なかなか内定がもらえません。

もらえた仕事はせいぜい、パン屋で朝から晩までの重労働や、ものすごく安価なナニーさんとか。ここはペルーの悲しい現実ですが、一部のペルー人たちは毎日増え続けるベネズエラ人をコキ使い、悪環境で利用しています。雇用契約を結ばずに、口約束していた額より給料を少なく支払ったりとか・・

そのため、ベネズエラ人たちは仕方なく、手作りのパンやベネズエラ料理(アレパ)を路上で売って、なんとかその日をしのいでいます。

ベネズエラで大学を出てエンジニアとして働いていた人も、ペルーではエンパナーダ・フリタ(揚げたエンパナーダ)を路上で販売していたりしています。

 

ただ、最近ではベネズエラ人の多くが路上で販売しているので、一人当たりの販売数が下がってしまい、さらに苦しい生活を余儀なくしている人も多くいます。そのため、公共のバスに乗り込んで乗客に販売したりとか、みんなあらゆる策を練ります。あとはもう使い物にならないベネズエラ貨幣の1,000ボリバル(日本円で1円の価値にもならない)をおまけにしたりとか・・

 

また、ペルーでベネズエラ人による盗み・強盗が増加しているのも事実です。

日に日にペルー国内でのベネズエラ人に対する風当たりが強くなっていきます。

バスの中で

japotinaは、そのベネズエラ人の友人と、今は一緒に仕事はしていないものの、お互いの気晴らしに、今でもよく会っています。

そんな中、japotinaとお茶した帰り道、彼女はいつものように2才の娘を連れて、バスに乗り込みました。そうすると、いつものように途中で、他のベネズエラ人が乗り込み、車内でおかしを販売しはじめました。

突然、座っていたひとりのペルー人のおばさんが、その販売していたベネズエラ人の女性に罵声を浴びせはじめました。ベネズエラ人はもうこりごりよ!バスから飛び降りて!!と・・

同じ車内にいたjapotinaの友人はその様子をだまって見ておられず、娘を抱えたまま、罵声を浴びせられたベネズエラ人の元へかけより、なぐさめます。そうすると、今度は友人めがけて、ペルー人のおばさんが娼婦だの罵倒しはじめます。

友人は冷静に『娘もいるので落ち着いてもらえますか?』というものの、おばさんは止まりません。結局、おかしを売っていた女性と一緒に、友人もバスを降りる羽目に・・

どうして自分がバスを降りなけらばならいのか、そしてただ生きるためにおかしを売っていた女性がなぜあんなにひどい言葉を受けなきゃいけないのか・・

japotinaの友人はとても悲しみ、japotinaに電話でそのことを一部始終伝えてくれました。

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私たちにできること

本当は、ペルーで起きた悲しい出来事や、ネガティブなニュースはこのブログには記したくなかったのですが・・

それでも祖国がどんどん変わっていき、しまいにはもう帰れない覚悟で、全財産なげうって国外脱出をするベネズエラ人たちについて、japotinaがペルーで直面した事実を伝えたいと思い、記事にしました。そもそもベネズエラって美しい自然や、80年代までは南米一の裕福な国で、南米中から移民を受けれいていたほどでした。

 

japotinaは最近、自分になにができるか考えています。

ペルーにいるベネズエラ人に仕事を与えられたら一番いいのですが、そうも簡単にはいきません。とりあえず、今は友人を頼りにやってくるベネズエラ人たちに日本のカレーをふるまったり、彼らの売るアレパやエンパナーダをたくさん買ったりしています(とってもおいしいんですよ!!)

 

せめて、彼らの現状を少しでも多くの方に伝えられたら・・と思い、この記事を書いています。

 

日本という遠く離れた国からやってきたjapotinaは、外国で暮らす大変さを身にしみて実感しています。それでもjapotinaは航空券さえ買えば、遠いですが、いつでも日本に帰ることができます。

自分の生まれ育った国へ帰れない・・と考えると、言葉になりません。

 

それでも、mi amor(ミ・アモール/私の愛するあなた)が口グセ(だれにでも使っちゃうw)の愛あふれるベネズエラ人たち。

自分たちは厳しい生活を強いられているのに、知り合いにはとてもやさしく、明るくたくましく支え合いながら生きるベネズエラ人たち。

 

japotinaの友人もいつの日か、ベネズエラを知らない娘をつれて自分の祖国へ戻り、『外国人』ではなく『ベネズエラ国民』として暮らす日々を夢みて、今日もペルーへやってきたベネズエラ人家族を家に受け入れます。

ペルーより愛を込めて・・
  ¡chao!

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