婚約しました! (2018.1)

ベネズエラの今。連日のデモや治安悪化、そして大統領の独裁体制

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オラ!ペルー在住japotina(@UnaJapotina)です。

 

何度か紹介していますが、わたしがペルーではじめた教育事業のパートナーは、ペルー在住のベネズエラ人女性。

とっても優しく、かわいらしい彼女なのですが、最近彼女の周りで起きていることをご紹介したいと思います。

 

というのも、以前ベネズエラの料理・情勢・口グセについてご紹介(下リンク参照)しましたが、7月末からさらに過激な動きが起きています。

venezuela flag7月5日はベネズエラの独立記念日。ペルーでべネズエラについて考えてみる。

日本も北朝鮮の危険が連日報道され、危機感が増していますが、地球の反対側で起きている緊急事態も知っていただけたら幸いです。

ペルーとベネズエラ

以前の記事でもお伝えしたとおり、我らの現ペルー大統領、通称PPK(ペーペーカー)は、世界で唯一ベネズエラ難民に門戸を広げ、移住を積極的に受けれています。

ペルーの現PPK大統領の名言:

PPK
わたしたちは他国と、壁ではなくて橋を構築したい

簡単なおさらい

ベネズエラは、1999年に誕生した前チャペス政権のもと、2007年に本格的に社会主義国家へと移行し、同時に重なる憲法改正で、大統領の権限がどんどん強くなっていく・・

2013年に圧倒的なカリスマ前チャペス大統領がガンにより死去。
そのまま後継者の現マドゥロ大統領へ政権は引き継がれる。

同時に、ベネズエラの富の大部分を支える資源「石油」(実はベネズエラは原油埋蔵量が世界一)が、2013年に世界的な原油価格安で、価格が急降下。国家の資金のあてが突然消滅し、経済が急速に悪化。

また、社会主義となり国営化されたほとんどの主要生産業が、国の未熟な経営のためほぼ硬直化。国民に仕事もなければ、必要物資がほとんど生産されず、ましてや各地に届かず、深刻な物資不足に。そのため、ハイパーインフレーションが起き、国民はトイレットペーパーもなければ、食糧も足りない状況に。

そんな国民の不満をよそに、現マドゥロ大統領はどんどん自身の権限を強めていく・・

マドゥロの暴走は止まらず、もう誰も止められない暴君と化していく・・

7月30日に何が起きたのか。

そんな中、2017年7月30日にマドゥロ政権が、「憲法を新たにつくる」と発足させた制憲議会の議員選挙を実施。

実はその2週間前の7月16日に、制憲議会の発足自体の是非を問う、非公式の国民投票が行われ、実に98%が反対という結果。

だが、暴君マドゥロ大統領はまったくの無視。

この時点で、アメリカをはじめ南米諸国は、マドゥロ政権に警告する:『制憲議会を発足させるな、7月30日の議員選挙を開催するな』と。

もちろんマドゥロ大統領は、これも完全に無視。

予定されていたとおり、7月30日に制憲議員選挙が強行実施される。

 

結果、与党が圧勝。

 

しかし。

 

この選挙結果に不正があったことを、選挙を担ったシステム会社が告発。

 

まぁ、これもマドゥロ大統領はスルー。

 

これを受けて、アメリカのトランプ政権も、ペルーのPPK政権もベネズエラの現政権を完全否定。マドュロ大統領を非難。

 

もちろんベネズエラ国民も猛反発。

連日のデモはますます悪化していく・・。

現在、把握されているだけで、4月以降の死者数は121人、逮捕者は2千人。

 

しかもこれを受けて、ベネズエラの空港に発着していた航空会社もほとんどが撤退。

 

国民が海外へ逃げるのも難しい状況となってしまった。

そして、今。

さらに深刻になるベネズエラの情勢をかんがみ、ペルーの現大統領PPKは、一時停止していたベネズエラ人のペルー受け入れを再度開始。

PPK
2017年7月30日までにペルーに入国したベネズエラ人は無条件でペルー移民として受け入れます

昨年の受け入れも含めて、すでに5千人以上のベネズエラ人がペルーに移民しています。

 

そんな中、8月11日にペルーは、ベネズエラを健全な独立国家として認めないとして、ベネズエラ大使をペルー国内から追い出した。

そして、つい昨日もこんなニュースが。

 

ベネズエラは正式に独裁国家となり、誰もマドゥロの暴走を止められない状態に陥ってしまった・・

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友人のお母さん

Grandmother

(イメージ)※当人ではありません

 

さて、話は一転し、japotinaの友達のベネズエラ人について。

 

プログラマーな彼女は、6年前にすでにベネズエラから出て、チリやウルグアイで仕事をしてきました。その間、同じくプログラマーのペルー人男性と国際結婚。いまは、ひとりの娘とともに3人でペルーで暮らしています。

ウルグアイで産んだ1才半の娘さんは、自分の母親の祖国を訪れたことがない。

ましてや、ベネズエラ人の彼女自身が、6年間、祖国のベネズエラには戻っておらず自分の家族とも会えていない。

 

自分の祖国に帰りたくても帰れないなんて、どんな心境なんだろう・・

現在、日本から遠く離れたペルーで暮らすjapotinaにとっては、想像すらできません。

 

そんな中、彼女のお母さん(もちろんベネズエラ人)が7月中旬にペルーに、はじめて遊びに来ました!

ついに孫ともご対面。

 

どれだけ嬉しかったことでしょう。

 

ただ、ペルー滞在中に突然、ベネズエラの制憲議会の発足および議員選挙が実施されることとなり、ベネズエラがますます混沌としたため、7月末に帰国する予定だったのを引き伸ばすことに。

そのために滞在ビザ延長の手続きなど、7月末から8月頭は友人も忙しそうでした・・

 

友人のお母さんはまだしばらく自国ベネズエラに戻れそうにありません。

他の家族がベネズエラで待っているため、帰りたいけれども、帰れない。

そんな葛藤のまま1ヶ月、すでにペルーに滞在されています。

 

やってきた「弟」とその彼女

big family

(イメージ)

 

さて、もともとのんびり進めているjapotinaと友人の教育事業ですが、彼女のお母さんの事情もあり、7月末から2週間ほど、ミーティングができませんでした。

さらに、突然の連絡が。
実は彼女の家にベネズエラから新たな居候がやってくる、とのこと。

 

しかもどうやら、幼少期に自分が弟のようにかわいがっていた近所の青年がやってくる様子。

 

つまり、血縁関係のないご近所さん。

 

その「弟」が、ガールフレンドとふたりでベネズエラ国外へ脱出する、と。

そして、ペルーにいるわたしの友人を頼ってペルーへやって来たのでした。

 

しかも。

 

ペルーの空港*で、もう6年以上会っていない「弟」と、友人は久々の再会を果たします。

2017/10/1追記
*迎えに行くというので、空港かと思い込んでましたが、後日、弟たちはバス(陸路)で5日間かけてリマまでやってきたということが判明!勝手な思い込みをしていたことを反省。

その時、彼女は、弟の激ヤセに衝撃を受けたそうです。

初めて会う弟のガールフレンドも、ものすごく痩せ細っていました。

 

もともと、ふくよかな体型が美しいとされる中南米

ベネズエラも例外ではありません。それなのにこんなに痩せてしまうなんて・・

 

それほど、ベネズエラの食糧不足は深刻です。

市場には食糧がほとんど出回っていないし、あったとしてもハイパーインフレで超高額。働き口もほとんどないため、収入がない一般市民が買えるわけもなく。
3ヶ月に一度は、政府から各家庭に食糧が支給されるそうなのですが、ひと家庭にひとり分しか支給されないそう。

 

さらに。

 

もともと3人(友人カップル+乳幼児)で暮らしていた家に、お母さんと「弟」カップルの3名の大人が居候することとなり、6人がひとつ屋根の下。

 

そんな大変な状況で、1才半の娘さんもここ数週間、熱が出たり下がったりの繰り返し。

japotinaの友人は娘の体調が崩れるたびに病院へ、と、てんてこまい。

 

それでも、いつも会うたび、明るく、遠い日本からやって来たjapotinaのことを気遣ってくれるとっても優しい彼女。

 

 

なんか、これ書きながら泣きそうになってきました・・

 

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最後に…

上述した友人の「弟」カップルは、いまはペルーで平穏に過ごしています。

「弟」の方は、食べるものもあるし、これまで抑圧された生活から一変、ペルーで生き生きといろんなところへ出かけています。楽しく過ごしているそう。

でも。

そんな弟のガールフレンドは、ベネズエラから逃れられたものの、またいつ自分の家族と会えるかわからず、いくら言語が共通だとしても異国の地へやってきたホームシックで、ペルーに着いてから2週間は毎晩泣いていたそう。

胸が張り裂けます。

以前、japotina主催で餃子パーティーを開催したのですが、今度はカレーパーティーでも開催しようかな・・

ベネズエラの情勢については、ペルーでは毎日報道されています。

刻一刻と状況が悪化していっています。

 

わたしたちになにができるわけではないのですが・・

ぜひ日本の皆さんにも「ベネズエラの今」を、心に留めておいていただけたら幸いです。

その思いで、英語・スペイン語・日本語を駆使して情報収集を行い、この記事を書き上げました。

 

cariño(カリーニョ/愛情)いっぱいで、mi amor(ミ・アモール/my love)が口グセのベネズエラの方々が、平穏に暮らせる日々が、一日でも早くやってくることを切に願っています。

また、わたしの友人をはじめとする国外にいる大勢のベネズエラ人が、カリブ海に面したその美しい祖国に、また再び足を踏み入れられる日が来ることも。

venezuela scenary

 

ペルーより愛を込めて・・

  ¡chao!

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